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gauche☆ゴーシュの仕事と育児と人生と

潰瘍性大腸炎発症したアラフォー看護師が仕事と育児を両立しながら2人目不妊を乗り越え妊娠・出産する記録

育児の記憶がない義母と噛み合わない育児観

こんにちは。gauche☆ゴーシュです。

 

本当に具合が悪いのに、産後疲れだと誰にも相手にされず、

様子をみたせいで入院騒動が巻き起こっていた5月の上旬。

 

GWだったこともあり、旦那さんが育児を頑張ってくれて、助かりました。

 

GW中、ずっと泊まっていたお義母さんは、家事は何1つ手伝ってくれず、ベビちゃんのお世話を手伝いたい様子…。

でもオムツをお尻に当てられず、交換するたび服まで汚れ…。

ミルク缶からすりきり7杯ずつミルクを出すのですが、すりきりの意味が伝わらない。

ゲップをさせられない。

少しぐずると何故か汚いはずの自分の指をとにかくしゃぶらせる…。

 

1つずつ、方法を説明するのですが、聞き入れてもらえず、失敗は繰り返され、ミルクを作るのと、ゲップをさせるのは、任せるわ〜と放棄してしまいました。

 

そしてご自分の育児の記憶が全くないとおっしゃっていて、育児なんて、適当にやってればいいんだから、いちいち憶えてるようなことじゃないし。

反対に自分の子ども育てた記憶があるような人って、どんな頭してんのかしらね。

普通の人間は育児なんて忘れてしまうんだから、みんな誰にも教えてもらわなくたって、初めてでも育てていけるんだから、女ならできるようになってるのよ。

という持論が展開されています。

 

そして、「育児なんて、ちょちょらぱぱらよ〜。子どもが様子おかしくなったら病院行けばいいさ。ね〜」と、うちのベビちゃんに向かって言っています。

 

 

私の亡くなった母親は母子手帳と共に育児日記を書いてくれていました。

授乳回数、便や尿の状態。私の機嫌まで。それはもう、こと細かに。

かわいくてかわいくてたまらなかったと、読んでいる私が愛されていることを実感できるほど、こと細かに書いてありました。

残念ながら、その育児日記は震災でなくなってしまい、読み返すことはできません。

でもはじめてみたときの、うれしかった気持ちは忘れられません。

なので、私も育児日記つけています。

大切に大切に育てています。

上の子の時のこと、忘れていません。

 

私の子ども、ちょちょらぱぱら(具体的な意味はわかりませんが)と扱われたくないんですが…と、正直、腹立たしく思いながら、具合が悪いので余裕もなく、ただうんざりして聞いていました。

 

 

でも、私に何かあった時に、こんな適当に育てる人に子どもを預けたくはない。

という、強い思いは沸き起こり。

思い切って旦那さんに伝えるました。

 

でも旦那さんは、お義母さんをかばうだけ。

しまいには、具合が悪くて戦力外の人間(=私)は、何も言える立場じゃないんだから黙ってろ、とさえ言われました。

 

なんて悲しいんだ。

 

私は記憶力が良い方です。

いつ、誰に、なんて言われたか。忘れることができません。

きっとこの時期に、みんな余裕がなくて、私に向けた様々な言葉。

私は死ぬまで忘れないと思います。